なむでぃんだより

東京工業大学国際開発サークルIDAcademyのベトナムプロジェクトチームのブログです。プロジェクトの最新情報やベトナム全般に関する情報からメンバーの近況や愚痴まで多彩な内容をお届けします。

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第三回現地調査⑪(ハノイに戻って)

シンチャオ!加藤です。帰国から1か月が経とうとしていますが、ようやく、ついに、現地調査報告のブログを書き終えます。しかし、ブロガーさんって人達はようあんなサクサクと更新出来ますね、ほんと感心します。

さてさて、フエ省を離れ、我々は一路ハノイへと戻ったわけであります。フエからハノイもまた電車での長旅です。電車旅については以前のエントリーに少し書きました。ハノイに戻ってから、行ったのは主に次の3つです。駆け足で紹介していきます。

①ハノイの土産物市場の調査
ご存知の通り、ハノイはベトナムの首都なので、観光客も多く立ち寄ります。そのため、外国人観光客を相手にした土産物屋はハノイ市内で多く見かけることができます。ハノイ-ナムディン間は車で3~4時間の距離なので、もしナムディンで観光客をターゲットにしたノンラーを作るのであれば、ハノイは一大市場になると思い、まずは現在ノンラーがハノイでどのようにして売られているか、を調査しに行きました。調査した場所は、ハノイの旧市街のエリア(ホアンキエム湖の北)で、とくに外国人観光客相手のホテル、飲食店、土産物屋が多くあります。

調査した結果をまとめると以下のような感じです。
・ノンラーを専門的に扱っているお店というのは調査した限りでは無く、大体がシルク製品等のその他多くの土産物の中の一つとしてノンラーを扱っている。どの店でも比較的扱いは小さめ、控えめ。
・生産地はフエ省と近郊のチュオン村が多い。ドンスアン市場にあるお店では、フエ産よりチュオン産のものの方が高い(チュオン産のノンラーは基本的な作りはダオケイトンのものと一緒で装飾などは特に施されていない)。
・大小さまざまなサイズを扱っており、価格は安いもので20,000ドン、高いもので60,000ドンという感じ。60,000ドンのものは通常サイズのチュオン産のもの。

現状、ノンラーの土産物としての需要はあまり大きくないと感じました。一観光客目線になって考えてみると、ベトナムっぽさはあるものの、大きくてかさばるし、持ち帰って実用することはないだろうし、というふうになります。土産物としてもっと売っていくためには、製品自体に対する工夫が必要なのではないだろうかと思いました。


②チュオン村の視察
以前のエントリーでも少し触れましたが、ハノイ近郊旧ハータイ省にチュオン村というノンラー作りで有名な村があります。どのくらい有名かと言うと、ダオケイトン村のノンラー生産者は大体その名前を知っていて、フオンさんという女性はベトナムに関する日本語のニュース記事ベトナム政府のニュースサイトでも、"ノンラーを世界に輸出した女性"として紹介されています。
今回、チュオン村を訪問し、この女性にノンラーの需要等に関してヒアリングを行うと共に、ノンラーの生産・流通の状況について視察してきました。
まず、フオンさんという女性についてですが、現在は、中国、日本、韓国、台湾、ドイツ、マレーシアにノンラーを輸出しているそうです。やはり、ヘルメット着用の義務化などを背景にしたベトナム国内でのノンラーの需要の減少は切実に捉えているようでした。フオンさんは海外への輸出に活路を見出しており、近年は特に台湾への輸出が増えているそうです。また、ただノンラーをそのまま輸出するのではなく、相手国の要望に合わせて工夫をこらしているようで、例えば、日本向けのノンラーにはフィット性を高めるために、ノンラーの中に王冠のような形をした部品を付けています。フオンさんは、ノンラー生産者の収益を上げるにも、需要が高まることが必要だとおっしゃっていました。
生産者にも少しお話を伺いました。ノンラーの売値は50,000ドンとダオケイトンよりもやや高めでした。ただ、原価も高く15,000~20,000ドンとのことでした。完成品の作りはダオケイトンのものとほとんど同じで、違いとしては、ダオケイトンのノンラーの骨組みが14本であるのに対し、チュオンのそれは16本です。


③現地パートナーとの協力体制構築
我々の活動は、日本ベースで長期休みにフィールドトリップを行う、というスタイルで進めていくので、特にプロジェクトの本格実施段階においては現地パートナーがいることが重要です。ハノイ滞在時には、現地の大学生にパートナーとしての協力を求めるため、友人・知人を介して会って話をし、あるいはたまに町で偶然知り合った人にもプロジェクトについて話をしました。結果として、ハノイ在住の大学生を中心に6名から協力に対して積極的な返事を頂きました。限られた時間とつたない英語で、どこまでしっかりとプロジェクトについて意思を共有出来たかは分かりませんが、何とか距離のディスアドバンテージを超えて、コミュニケーションを取りチームとして上手く機能させることが出来るようにマネジメントしていけたらと思います。


以上、最後は物凄い駆け足になってしまいましたが、なんとか現地調査報告シリーズ、完。読んで頂いた方ありがとうございました。もし、ここがもっと知りたいなどあれば遠慮なくコメント残してください。ホントにコメント残るくらい読者がいる事を祈ってます。

もちろん、このブログは今後も続きますので、よろしくお願いします。
では




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第三回現地調査⑩(フエ省のノンラー作りの村々 - part 2-)

シンチャオ!筋トレで背中のスジを痛めてしまい、若干動きがぎこちない加藤です。今後、ストレッチを入念にすることを心掛けます。

今回のエントリーでは、フエ省で訪れた残りの村々を一気にまとめてご紹介します。

①ミーラム村
この村は、前回のエントリーで述べたノンフエを守る組織が活動を行っている地域ということで紹介を受けました。村には約280世帯があり、その多くの家庭でノンラーを作っているそうですが、その中で組織に加盟しているのは35世帯とのことです。先ずは、組織に加盟していない女性にお話を聞きました。
この女性は63歳で、工場勤務をする娘2人と3人で暮らしています。この女性は基本的に朝から晩までノンラーを作っていますが、視力をはじめ体が衰え始めているので作業が遅く、生産量は1日に1から2個だそうです。売値は23,000ドンから25,000ドンで、一つあたりの原価コストが約7,000ドンとのことなので、ノンラーを1個作ることによる儲けは1ドル弱程度になります。この女性の作るノンラーは、ナムディンのものと違いフレームの数が16本で、葉はやや緑がかっていて、3層全て同じ葉で作られています。

次に、組織に加入している女性の家に行き、お話を伺いました。この女性は、約1年前に組織に加入し、昨年3か月間、講習会を受けたそうです。講習会は先述の組織主導で、村の名人を講師にし、ノンバイト―の作り方と葉の色をきれいにする方法を学ぶそうです。その講習会での技術向上により、ノンラーの買い取り価格が約30%上がったそうです。

②タイホー村
この村はアテンドをしてくれたHuongさんが事前に調べた時に名前が出てきていて、フエで聞き取りをしてるときにも何回か著名なノンラー生産地として名前が上がりました。
訪れて初めて知りましたが、この村では主にノンラケ―を作っています。ノンラケ―はノンラーの一種で、基本的に1層から成り、使用する葉も違います。聞き取りによると、過去にはノンバイト―なども作っていたそうです。ノンラケ―の売値は約20,000ドンで原価は約7,000ドンだそうです。

タイホー1
ノンラケ―を作る女性


タイホー2
ノンラケーの葉。大きくて固く、ツヤがある。



③ユンダイ村
以前のエントリーにもある通り、この村では家族単位ではなくノンラーを抱える工房のようなものが存在するらしい、という情報を得ていました。村に着き、ノンラーを作っていたある家庭にお邪魔しました。
この家庭では、ノンバイト―とノンラーサンを作っており、売値はそれぞれ30,000ドン(原価6,000ドン)、40,000ドン(原価5,000ドン)との事でした。どちらも1日の最大生産量は3つ(作業時間は約9時間)で、生産は、バイヤーから伝えられる需要に合わせて行っているようです。
工房について聞いたところ、農業が忙しくない5月から8月にかけて季節限定でやっているそうです。6から8人のグループをいくつか作り、それぞれが得意な作業を分担して担当し、生産効率を上げるそうです。また、その季節は日差しが強いのと観光客が多いことが理由で値段がそれぞれ10,000ドン程上乗せされるそうです。


ユンダイ1
お話を聞いた家の外観


ユンダイ2
少し湿らせた葉を手で開く




今回、紹介した村々はフエ市内からだいぶ離れており車で1時間程かかります。同じフエ省の中でもやはり暮らしぶりは市内と郊外ではだいぶ違い、これらの村々の周囲は田園風景という感じでした。ユンダイ村で訪れた家の外観を見れば分かるように、家は古びていて、やはりフエ市内の家庭よりも平均的に貧しいのだろうな、という印象を受けました。フエ市内に近い村では、ノンラー生産者の減少が著しい一方、ユンダイ村などでは今でも村の約8割くらいの家庭がノンラー作りをやっているそうです。この事実が物語っているのは、やはり職の少ない農村部、都市周縁部の人々にとっての貴重な収入源としてのノンラー作り、ということではないでしょうか。


第三回現地調査⑨(フーカム村の女性とノンラー保護の動き)

シンチャオ!加藤でございます。もう日本に帰国していますが、まだ調査内容をブログで追い切れていません・・・。あともう少し、もう少しですから、書かせてください、読んでください。

というわけで、

前回のエントリーでは、フエの初日の活動について書きました。今回は、ノンラー作りで有名と聞いていたフーカム村(前回のエントリーでも少し触れています)とそこで聞いたある組織の事について書きます。

日本で得た事前情報で、フーカム村にはノンラー作りを行っている人が多くいると聞いていました。また、キムロン村で聞き取りを行っていた際にも、何度もその名前を耳にし、さらにはアテンドをしてくれたHienさんらも事前に少し下調べを行ってくれていたようで、そこでもフーカムの名前を仕入れていました。これは間違いないということで、一路、フーカム村へと向かいました。

Hienさん達が、フーカム村にはノンラー作りの名人として有名な女性がいる、と言うので、その方を訪ねることにしました。レンタバイクで迷いながら走ること30分強、目的地のその女性の家にたどり着きました。女性の名前はThuyさんと言います。

Thuyさん
ノンバイト―を作るThuyさん


お会いして少し驚きました。というのも、日本にいる時にノンラーを調べていて、ある動画でThuyさんを拝見していたからです。写真からも分かりますが、彼女は右手が肘の辺りまでしかありません。しかし、口やあご、足を巧みに使いながら良質なノンラーを作るので、メディアにも取り上げられたことがあるようで、ベトナムでは少し有名なようです。

伺った話によると、Thuyさんは3種類のノンラー(ノンバイト―、ノンラケ、ノンチュン)を作るそうです。1日に2種類以上のノンラーを作るのではなく、例えば、「今日はノンバイト―を作る」と決めればその日はノンバイト―だけ作る、ということらしいです。最大生産量と平均販売価格は、それぞれ、ノンバイト―:2個、60,000ドン、ノンラケ:3個、50,000ドン、ノンチュン:3個、50,000ドンとの事でした。彼女の場合は、少し名前が売れてるせいか、たまに外国人観光客が直接家に買いに来るそうです。

そして、気になっていた「ノンラー作りをする人は減っているのか?」という点についても質問しました。お話によれば、かつてはフーカム村のほぼ全ての家(1000世帯近く)がノンラーを作っていたようです。それが、15年ほど前から徐々に下火になり、今では10世帯ほどを残すのみになってしまった、ということです。事前情報で知っていた木枠職人も、かつては3人ほどいたそうですが今は1人しかいないそうです。Thuyさんは、「フーカムのようにフエの中でもノンラーの生産地として有名な村でさえ、生産人口は減っている」とおっしゃっていました。人々がノンラー作りをやめていく理由としてやはり、時間がかかるわりに単価が低く儲からない、という点を挙げていました。ここで我々は当初あまり想定していなかった「ノンラー作りの伝統が継承されず、ノンラーが消えてしまうのではないか」という危惧を抱きました。やはり、Thuyさんはそういった危惧を以前から抱いていたようで、ノンラー職人らをあつめ、ノンラー作りを農村部の若者に教える活動をしていること、そして、ノンラー文化の保護を目的とした組織があるということ、を話してくれました。

より詳しいお話を聞くために、そのノンラー保護を行っている組織を突撃訪問しました。この組織は2009年に設立され、設立の主旨は、メイドインフエのノンラーをブランディング・差別化し、ノンラー生産者の生活向上を図るということだそうです。具体的な活動としては、観光客がノンラー作りを見学するツアーの企画、各種メディアでの広告活動、メイドインフエのノンラーに対し認証を付与、さらに、ノンラーをより美しく長く保存するためのオイルの開発なども行っているということです。この組織の形態について正確に理解できませんでしたが、政府機関とつながりを持っているようでした。


以上、今回のエントリーのポイントを簡潔にまとめると以下のようになります。
・フーカム村においても、ノンラー生産人口の減少は著しい。
・ノンラー作りをやめていく理由は収益性の悪さ。
・生産者は、ノンラーの伝統が失われてしまうという危惧を抱いている。
・フエでは、メイドインフエのノンラーを守っていくために組織的な活動が展開されている。

伝統(文化)の継承という側面には、今まであまり着目していませんでしたが、たしかにベトナムを象徴するアイテムの一つであるノンラーが作られなくなってしまうのは、ベトナム好きの一外国人としても寂しいなーと思って話を聞いていました。おそらく日本でもかつて同じように淘汰されてしまった手作り工芸品の文化があるのではないかと思います。今までと違った視点で、色々思いを巡らせた調査でした。





おまけ

またまたアテンドさんを紹介させて下さい。

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Huongさんです。Hanoi Open Universityで英語を学んでいます。前回、紹介したHienさんの友人で、Hienさんと一緒にフエでの調査に同行してくれました。とても親切で気遣いのできる女性です。現在、就活中らしく、我々と調査している間にも、夜にはCVを書いたりしていました。たしかその時は、韓国系の某電器メーカーにCVを送ると言っていたような・・・。

第三回現地調査⑧(フエ省のノンラー作りの村々)

 どーも!ナムディンからフエへの移動時に、実は電車内でグロッキー状態だった竹久です。幸いにもフエ到着と同時に体調は治りましたが、薬を投与しなければ危うく天国に行くところでした。ともあれ、前回の加藤のエントリーに書いたように、無事にフエに着いたのです。

 今回の調査におけるフエ訪問の目的は、「フエ省のノンラー作りから、ダオケイトン村でのノンラー作りの収益性向上に繋がるヒントを得る」という事です。こう思ったのは、フエ特産品紀行、ノンラーを作る職人たちという記事を読んだのがきっかけです。この記事から、フエでは観光用の装飾が施されたノンラー、ノンラー工房、多くの村でノンラーを作っている事が分かりました。そこで、ダオケイトン村と、生産工程、流通システム、販売システムの違いを知り、良いものを取り入れようと考えたのです。

ということで、今回のフエ滞在時に行く場所は

・キムロン村
刺繍職人達が住む村として有名。外側に美しい刺繍が施されたノンラー、ノンソアイニュン(Non Xoai Nhung)が特産品。

・ユンダイ村
フエ市の東方、市街地と海岸線との間に広がる田園地帯の中には、ノンラーで生計を立てている人々が住む集落、通称「ノンラーの郷」が点在している。特にノンラー作りをする人が多いことで有名。ここには家族単位ではなく、ノンラーを作る職人を抱える工房がある

・フーカム村
1975年から、フーカム地区でこの仕事をしているヴィン(Vien)さんは、フエだけでなく、北から南まで、ベトナム全土にノンラー用の木枠を出荷している

・ドンバ市場
フエ最大の市場

です。では、順を追って説明をしていきたいと思います。先ずフエ滞在一日目、ホテルに荷物を置き、早速キムロン村に行くことにしました。フエはフォン川を挟んで新市街と旧市街に分かれるのですが、キムロン村は王宮の西側の旧市街に位置します。新市街に位置するホテルから約5kmと少し距離はあったのですが、安さを求めレンタル自転車で行く事にしました(一日レンタで約100円??)

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 いざ、Let's GO!!ベトナム人のアテンド、Hienさん、Huongさんに、地元民に方角を聞いてもらいながら、目的地に向かいました。自転車を漕ぐこと30分、キムロン村周辺に着いても、一向にノンラーを作っている雰囲気は出てきません。地元民からは、「昔はノンラーを作っている人がいたが、今は作っている人はいない」という事が聞こえてきました。え、まさか消滅?の二文字が頭によぎりましたが、その後も多くの地元民に執拗に聞き取りを続けました。その結果、ノンラーを作っている家庭を一家庭見つけただけで、残念ながらノンラーを積極的に作っている村を見つける事は出来ませんでした。地元の人たちの話と、私たちが見たものを整理すると、昔はノンラー作りや刺繍職人が多くいたが、収入性が低いため現在はいないという事が分かりました。また地元民からのアドバイスとして、フーカム村ではまだノンラーを多く作っているから、そこに行くと良いと言われました。

 フエに来る前は、

「フエでのノンラー作りは観光用として高く売れるため、収入性が良い」


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と仮説を立てていたのですが、早くもその仮説は違うという事が分かった訳です。と同時に、ノンラー作りとして有名なフエが衰退しているという事は、数年後にはノンラー作りはベトナムから消えてしまうのではないかとも感じました。

 以上の事から、フエのノンラー作りは上手くいっていないと結論することは出来ないが、フエでノンラーが上手くいっていない原因は何か?という事にも重点を置きながらインタビューをする事にしました。そのために、新たな仮説を立てました(これから仮説を検証していきます)。
仮説①:フエは観光地であるため、農村部よりも他の仕事を見つけやすい
仮説②:他の村も同様にノンラーの作り手は減っている
仮説③:フーカム村では何か特別な生産工程、流通システム、販路があり、収益を上げている
仮説④:観光用のノンラーの需要は依然としてある
仮説⑤:フエでは基本的に観光用のノンラーを作っている

 今日はこれでインタビューは終わりかなと思っていたところ、HienさんとHuongさんが、旧市街側にノンラーを作っている村があるという情報を手に入れたという事で、急遽その村へ行く事にしました。その村は新市街から旧市街へ続く、チャンティエン橋を渡りそのまま大きな道をまっすぐ行き、横道に入ったところにあります。

 村に着いてからは先ほど同様に、村人に聞き込みをし、ノンラー作りをしている家庭に見つけました。インタビューの趣旨を簡単に説明し、上記の仮説検証を行うために質問をしました。ここで分かったことは

・昔は多くの人がこの村で作っていたが、現在は村でノンラーを作っているのはこの家庭だけであるという事
・ノンラーを作っている事を他の人に知られたくない
・子供にはノンラーを作って欲しくない、勉強を頑張ってほしい
・ノンラーの需要は減っている、昔はバイクに乗るときに使えたが、交通ルールにより禁止された
・作っているノンラーは、ノンソアン、ノンバイト
・ダオケイトン村とのノンラーの作りの違いは枠組みの数が違う
・販路は、ドンバ市場、タイ

です。という事で、先ほどの仮説は
仮説①:フエは観光地であるため、農村部よりも他の仕事を見つけやすい
→正しい可能性が高いが、他の人が今何の仕事をしているかは不明

仮説②:他の村も同様にノンラーの作り手は減っている
→正しい可能性が高い

仮説⑤:基本的に観光用のノンラーを作っている
→場所による

という風に進化したわけです。まだ完全にフエのノンラーは衰退しているとは結論付けられないですが、この結果を踏まえ、フーカム村、ユンダイ村を調査をしていきます。



おまけ

今回のアテンドの一人を紹介致します。Hienさんです、Vietnam Trade Union Universityで英語とビジネスを勉強する21才です。

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前回の調査のハノイ滞在時に、日本食屋さんで知り合いました。お店の中で話していて楽しかったので、一緒に飲まないかと誘ったのです。それ以来連絡を取るようになり、今回の調査のアテンドを引き受けてくれました。

非常に明るく、元気いっぱいで、私達年寄りには付いて行けない程パワフルです。前述のエントリーで加藤も述べていましたが、こういった人と人の繋がりが出来たり、広がったりするという事が調査のまた面白いとこでもあります。

第三回現地調査⑦(ナムディン-フエ間の移動、そしてフエ)

シンチャオ!大気汚染の悪化が著しいハノイで若干、喉痛を患っている加藤です。いよいよ日本から持参したマスクを使う時が来たか、という感じです。

ベトナムでの滞在も残すところ4日となりました。ハノイ、ナムディン、フエ、ハノイと転々と移動しながら調査を進めてきていますが、根性が足りずブログの更新が追い付いていなくて猛省しております。というわけで、今回は、ブログ的にはようやくナムディンを離れていきたいと思います。

ナムディンからフエへの移動は統一鉄道を利用しました。統一鉄道ってなんかカッコいい名前ですよね、まぁ言いたかっただけなんですが。統一鉄道は北部の首都ハノイと南部の最大商業都市ホーチミンを結んでいます(正確には他の区間も走っていますが)。今回は、ナムディン駅を午後8時頃に出発する電車に乗り、フエ駅に着いたのは翌朝9時頃でした。列車には、ハード/ソフトシートやエアコンの有無、さらに寝台車などのランクがあります。我々は、エアコン付きのソフトシートを選択しました。料金は一人約1600円です。設備こそ年季が入っているものの、想像していたよりも座席間の間隔が広く、席をしっかり倒せるので快適な鉄道旅でした。

ナムディン駅で列車待ち
ナムディン駅での列車待ち。ホームへは線路の上を直接歩いて渡る。

フエ到着
フエ駅到着。車内は揺れたので、いい写真が撮れませんでした。。


途中驚いたのは、朝方、列車が急停止し、アナウンスが流れ、若干周囲がただならぬ雰囲気を出し始めたので、同行していたベトナム人のアテンドに聞くと、どうやら電車が線路上にいた人を轢いてしまったとの事でした。その方は残念ながら亡くなられたようです。驚きと共に、この電車が人の命を奪ってしまったのかというゾッとする思いがありましたが、ベトナムの線路の安全対策の脆さは見るに明らかなので、この手の事故が頻発しているのは想像に難くありません。ベトナムの都市の無秩序な交通を見ていてもよく思いますが、人の命を守るための安全対策は早急に進められるべきです。



さて、そんなこんなでフエに着きました。フエはベトナム最後の王朝であるグエン王朝の都が1945年まで置かれていた場所で、現在は観光地として名高いので、このブログの読者の中にも、名前くらいは聞いたことがある、という人もいるかもしれません。あるいはベトナム戦争関連の映画や書籍に触れたことのある方は、"テト攻勢"の激戦の舞台として記憶されているかもしれません。現在は、観光スポットである旧王朝を中心に発展し、やはり観光業が栄え、高級ホテルも乱立している状況です。食事では、ブンボーフエという麺料理がなかなかイケました。スープは甘めですがピリ辛で、つるつるの麺とつくねによく合っています。

ブンボーフエ
ブンボーフエ


そんなブンボーフエの美味しいフエですが、実は、ノンラー作りでベトナム一有名なんです。身近にいるベトナム人に、「ノンラーの生産地として有名な所はどこか」と尋ねてみて下さい。最も多い回答は、「ノービエ!(知らない)」で、その次に多いのが「フエ省」という回答だと思います。しつこいようですがフエ省は観光業が盛んで、やはりフエのノンラー、"ノンフエ"は観光客のお土産として認知されているようです。ノンフエと一般的なノンラーの違いは、ノンフエは装飾が施されていて、見た目に華やかであるということです。代表的なのは、"ノンバイトー"と呼ばれる透かしの入ったノンラーです。

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ノンバイトー。写真だと透かしが分かりづらい。。


今回の調査におけるフエ訪問の目的は、端的に言えば、「フエ省のノンラー作りから、ダオケイトン村でのノンラー作りの収益性向上につながるヒントを得る」といったところです。その調査の結果がどうなったのかは、次回以降のエントリーで報告していきます。



そして、今回も・・・











おまけ

前回のエントリーでは美女を紹介したので、バランスを取るためにイケメンを紹介します。



















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メンバーのChuの甥にあたるズイー君です。6歳だったかな?前回訪問時はそこそこ長かった髪が、マルコメ頭になっていたのには笑いましたが、未来のイケメンであることは火を見るより明らかです。ただ、こいつがいたずらっ子で、姉と協働して私たちの持ち物を荒らしまくるし、遊びたがり、かまって欲しがりで、なかなかじっくり作業をさせてもらえませんでした。まぁかわいらしいんですけどね。それにしてもこうやんちゃだと子どもを持つのも大変だなぁとしみじみ。。


第三回現地調査⑥(ダオケイトン村のノンラー生産家庭)

シンチャオ!最近は、ベトナム語でバイタクと値段交渉もお手の物の加藤です。

ナムディン省ダオケイトン村を離れ、フエ省を経て、ハノイに戻ってきた我々は、明日、ハノイ市近郊(旧ハータイ省)のチュオン村を訪問予定です。チュオン村はノンラーの生産地として全国的に有名で、中でもフオンさんという女性がチュオン村のノンラーを世界に輸出したことで名前が知られています。事前にアポイントを取ることは出来ませんでしたが、突撃でたどり着く事は出来ると思うので、色々お話を聞いて来ようと思います。

さて、本題です。前回、前々回のエントリーでは、ノンラーの生産工程と流通について報告しました。今回のエントリーでは、ダオケイトン村のノンラー生産家庭の状況について書きたいと思います。

そもそも我々が、ダオケイトン村のノンラーに着目したのは、前回までの調査で、村の多くの家庭がノンラーを作っていながら、その収益性が低すぎるのではないか、と思ったのがきっかけでした。

今回、改めて村全体を見て回ってみて、やはりノンラーを作っている家庭はとても多いことが確認出来ました。ザッと見て回った感覚としては、7~8割くらいの家庭がノンラーを作っているというところでしょうか。そして、今回、ノンラー生産家庭を見て回る中で、ある気付きを得ました。それは、「ノンラー生産家庭は、非ノンラー生産家庭に比べて暮らしぶりがよくないのではないか」というものです。往々にして、ノンラーを生産している家庭は、非ノンラー生産家庭(例えば、ノンラー流通業者、各種商店経営など)と比較して、家が古びている、家財道具が充実していない、ということが見て取れたのです。この事について、通訳のNgaさんに「ノンラーを作っている家庭は作っていない家庭に比べて貧しいと言えますか」と聞くと、あまり間を置かず、その通りだ、と答えました。ノンラー作りは時間効率性の悪い仕事で、かつ長時間同じ姿勢で手元に集中するので肉体的にも楽ではありません。考えてみれば、そういった仕事を空き時間にあえてやるということ自体が、ある意味で家計状況がよくないことの証左であると言えるかもしれません。そして、ノンラー生産家庭は農家であることがほとんどです。農家は、田植えや収穫などの繁忙期は長時間田んぼに出ていますが、それ以外の時期にはノンラー作りで現金収入を稼ぐことが多いのです。

ノンラー作りの生産性について、より具体的に理解してもらうために、お話を伺ったある家庭のケースを紹介したいと思います。

Ngoanさん 女性
・2人の娘さん(18歳、16歳)と3人体制でノンラーを生産している。
・Ngoanさんが縫いの前までの工程を担当し、2人の娘さんが縫いを担当している。
・木枠は5個所有している。
・インタビューの前日には、3人で10個のノンラーを生産した。
・部屋には、一昨日生産した分も合わせて20個のノンラーを保管していた。
・3,4日に1回、マーケットに売りに行くか、流通業者の自宅に売りに行く。
・今の時期、Noganさんは1日8時間ノンラーを作り、娘さんは学校がある日は1日4時間(午後2時 - 6時)、ない日は8時間(午前7時 - 11時、午後2時 - 6時)ノンラーを作る。
・ノンラーの売値は1個あたり30,000ドン。(後の調査で分かったことだが、原価は1個当たり10,000ドン弱が相場)
インタビューの前日は学校のない日だったので、3人がフル稼働していたとすれば、3人が1日8時間の労働で約10ドルの利益を得たということになります。


Ngoanさんの家
写真右がNgoanさん、左が娘さん

外から
家の外から


下の写真でNgoanさん以外にもノンラーを作っている女性が二人ほど写っているのが分かります。こういった光景は、村ではとてもありふれています。ノンラーを作る女性が近所の誰かの家に集まり、時におしゃべりを楽しみながら作業をするのです。その様子がどこか牧歌的で、個人的には好きです。その女性らに、「ノンラー作りは好きですか?」と尋ねると、「好きというより、これしか出来ないから」といったネガティブな答えが返ってくるのがお決まりだったりもします。個人的には、今回の調査で、こういった現状に新たに目が向いたのは大きな進歩だったと感じています。




ケニアチームにあやかり、こちらも

おまけ

今回、ダオケイトン村でアテンドしてくれた方を紹介します。

Nga.jpg


Nga Kimさんです。写真の帽子は、いきさつでネタ的に被っているので気にしないであげて下さい。八重歯が印象的なベトナム美人さんですね。彼女は、隣村出身で、現在ハノイのDiplomatic Academy of Vietnamで英語を学ぶ21歳、大学4年生さんです。メンバーのChuの独自の人脈を通じて、今回、彼女に白羽の矢が立ちました。学校外で英語を実践的に使うのは今回が初めての経験ということでしたが、真面目に培ってきた英語力と持ち前の物分かりの良さで、見事な通訳ぶりを発揮してくれました。才色兼備な彼女ですが、唯一の欠点とも言うべきことがあります。好きな俳優が、ペ・ヨンジュンなんです。懐かしい響きですね。

ってか、ヨン様はカッコよくねーだろ。

すみません、口が悪くなってしまいました。何はともあれ、今回の調査ではNgaさんを始め、ほんとに多くのベトナム人の友人、知人、知人と言えない方にまでもお世話になっております。恩返しになる気がほとんどしませんが、このブログでどんどんお世話になった方々を紹介していこうと思います。

こういうふうに知り合いの輪が広がっていくのは、我々の活動の一つの醍醐味だと思っています。

第三回現地調査⑤(ダオケイトン村におけるノンラー流通の概要)

シンチャオ!加藤の連投です。
前回は、ダオケイトン村におけるノンラーの生産手順について書きました。
今回のエントリーでは、"生産されたノンラーはどこの消費者にどのような経路をつたって届くのか"、すなわち、"ノンラーの流通"について着目していきます。

今回の調査では、流通に関する調査として、①早朝の市場での流通業者へのインタビュー、②流通業者の自宅でのインタビュー、③生産者へのインタビューを行いました。

ノンラー生産者は生産した経路を流通業者に売るのに、主に二つの方法があります。一つは、早朝(3-4時頃)に村の中のマーケットに行き、そこに集まっている流通業者に売る方法、もう一つは、同じ村の中に住んでいる流通業者の自宅に直接赴いて売る方法です。前者の方法では、村の外から来る流通業者にも接触するチャンスがあるので、わざわざ早起きしてマーケットに行くそうです。少しブレていますが、下の写真が早朝マーケットでのノンラー売買の様子です。川原のエントリーにもあったように、売値の交渉の雰囲気はやはり良いものではありません。。

早朝マーケットでのノンラーの売買



生産者は大体まとまった量(30個から、多い時は100個を超えるらしい)を流通業者に売ります。売値は、季節的な需要の変動と、ノンラー自体の質に左右されます。今回の聞き取り調査の結果で一個当たり約25,000 - 35,000ドン(レートはざっくりと20,000ドン≒1USD≒80円)というところでした。流通業者がノンラーの質を見るときの主な着眼点は、①葉の色の美しさ、②縫い目の細かさ、③丈夫さ(固さ)、④写真やビニルなどの有無です。

ノンラーは流通業者の手に渡ると、そこからまた別の流通業者を介し、小売りされて消費者の手元に届きます。ダオケイトン村にはノンラーの流通を生業にしている家庭が8軒ほどあると言われており、販路もそれぞれに違うようです。流通チャネルや輸送方法などは業者によって異なると思われますが、ここでは詳しくお話を聞かせてもらった一つの家庭のケースを紹介しようと思います。

Duomさん 女性 27歳
・夫、義父、義母、子ども2人の6人世帯。
・元々、夫の家が流通業を行っており、Duomさんは6年前の結婚と同時に始めた。
・Duomさんがノンラーの買い取りを担当し、夫と義父が北部のLang Son省に売りに行く。(ちなみに、ダオケイトン村からLang Son省に売りに行く業者がDuomさん以外に2業者存在するとのこと)
・1回の買い取りで、20 - 300個
・訪問時、家には概算で2000個程度保管してあった。
・夫らは1回の出張で10 - 15日家を離れ、帰ってきて数日たった後、また次の出張へ出掛ける。
・1回の出張で1000個以上のノンラーを売りに行く。
・輸送は、途中まで自転車で、バスに乗り換え。
・バスでの輸送コストはノンラー150個当たり50,000ドン、人が一人当たり80,000ドン。
・Lang Sonでは小さな店を借りており、別の流通業者に大量に卸し、一方で、量は少ないながらも小売も行っている。
・卸売の際の利幅は2,000ドン/個、小売りの際は5,000ドン/個。
・主な最終消費者は、ベトナムと中国の農民。

下の写真は、インタビュー中に生産者がノンラーを売りに訪ねてきた時の様子。質が悪い時は、買い取りを断る時もあります。

Duomさん宅のノンラーの売り買い



今回のインタビューを通じて分かったのは、販路が想像以上に遠距離まで伸びており、さらにダオケイトンで生産されるノンラーは観光目的よりも実用目的らしいということです。中国への販売について、昨年まで中国までノンラーを卸売していた女性に少しお話を聞くことが出来ました。

その女性によると
・中国での卸売を行っていたのは2000年から2011年まで。
・ベトナム-中国国境のQuang Ninh省までバスで輸送し、Quang Ninh省からは船で中国に運ぶ。
・中国で中国人の卸売商人に売る。
・売値は40,000ドン程度で、ベトナム国内での販売よりも5,000ドン程度高い。
・月に1回の出張で、輸送量は何と1万個(!?)

中国にはまだまだ農民が多いので、実用品としてのノンラーの需要が結構あるのかもしれません。


以上が、今回のノンラー流通調査の結果です。要点をまとめると、
・ダオケイトン村の複数の家庭がノンラーの流通業を行っている。
・生産者から流通業者にわたる場所は、マーケットと流通業者の家の二つ。
・ノンラーの価格は質と需要の変動に左右される。
・消費者の手元に届くまで、複数の中間業者を介している。
・販路はベトナム国内及び中国で、最終消費者は農民が多い。
・生産者の売却価格は平均30,000ドン(1.5USD)/個程度。
・輸送手段は、自転車やバス。

ノンラーの流通について調査を行ったのは今回が初めてで、興味深い情報が多く得られた一方、全体像を掴み切れていない感覚が残っているというのも正直な感想ではあります。今後、追加的な情報収集が必要になった場合に、如何にして正確な情報を得るかを考えなくてはいけません。

第三回現地調査④(ダオケイトン村におけるノンラー生産の手順)

シンチャオ!ベトナム語で歳を聞いて、その返答も理解できるようになった加藤です。

現在、渡越して3週間が経とうとしています。我々は、数日前まで、かつてベトナムの首都がおかれていたフエ省におりましたが、現在はハノイに戻ってきています。フエ省は毎年のように洪水に見舞われるそうで、我々が滞在している間も夜に大雨が降ったので少しヒヤっとしましたが、大事には至りませんでした。

やや時間が空いてしまいましたが、これからダオケイトン村やフエ省での調査の結果をアップしていきます。

さて、今回の現地調査の大きな目的の一つに、ダオケイトン村におけるノンラー生産の全容把握がありました。実際に、複数の家庭にお邪魔し、ノンラー生産の様子を観察し、お話を聞かせてもらいましたので、このエントリーでは、その調査結果をまとめていきたいと思います。

まずはノンラーの生産手順です。大まかには以下のような流れになっています。

市場で必要材料(ヤシの葉、筍の葉、竹、糸)を購入してくる。
市場のヤシの葉



ヤシの葉を手で開き、炊飯器を改造した器具を用いて、伸ばしていく。
ヤシの葉を手で開く
葉を鉄板で伸ばす


ナイフで竹を割り、5mm程度の太さの竹ひごにする(この状態のものを市場で購入することも可能)
竹を割る


竹ひごを木枠に当てて長さを測り、不要な部分を切り落とした後、ナイフで角を落とし、両端を細らせて糸でくくり、木枠にはめる。
ナイフで先を細らせる
糸でくくる
木枠にはめる


ヤシの葉を木枠に当てて長さを測り、適当な大きさに切る。

切り取ったヤシの葉を糸でくくり付け、木枠の頂点を軸に放射状に並べた後、隙間をより小さく切ったヤシの葉で埋めていく。
ヤシの葉を放射状に並べる
隙間を埋める


2層目として、筍の葉を切り、同じ要領で隙間なく並べる。
筍の葉を並べる


3層目として、ヤシの葉を1層目と同様の手順で並べた後、糸とリング状の木で仮止めをする。
第三層目を並べる
仮止め


頂点に近い方の環から縫い付けていく。生産者に依るが、10段目くらいを縫うあたりで仮止めを外す。
縫い1
縫い2
縫い3


一番下の環(淵)まで縫った後、余った葉を切り落とす。
余った葉を切り落とす


淵に竹ひごを足し、縫い付ける。
淵を縫う


頂点を円状に環縫いする。
頂点を環縫い


顎ひも用の糸を縫い付ける。
あごひも



どうでしょうか?ノンラーを作る過程が想像できましたでしょうか?
大体、一人の熟達した生産者がノンラーを一個仕上げるのに約3時間かかるそうです。中でも時間がかかるのは、葉を手で開き、鉄板の上で伸ばす作業と、縫いの作業です。
今回、私はほとんどの手順を実際に体験してみましたが、葉を開き伸ばす作業のようにすぐに真似できる作業もあれば、縫いのように熟練の技術がなければほとんど進まない作業もありました。
現在は、この生産工程を再考察し、生産効率化が出来ないものかと考え中です。

第三回現地調査③

ハノイ~ナムディン省ダオケイトォン村到着


 今回はハノイ~ナムディン省の村に着くまでについて書こうと思います。前回の調査から、バスは格安であることが分かったので今回の調査ではバスで行くことにしました。(空港からタクシーで村まで行く方法については以前のエントリーを参照)


 とはいっても、バスを使う事には多くの不安要素があります。先ずどのバスに乗れば良いか分からない、運転手はベトナム語しか話せないので、どのバスに乗車すれば良いか聞く事が出来ない、間違ったバスに乗った際に引き返せない等です。最悪のケースを避けるために、今回はハノイ在住のHienさんに、ハノイ市街からバスまでのアテンドをお願いする事にしました。


 ホテルからタクシーで、ハノイ市街にあるMy Dinh Bus Stationに向かいました。乗車場には多くのバスが無造作に集まっており、私たちにはぱっと見どのバスがナムディンに向かうか把握出来ませんでしたが、Hienさんは電話をやり取りをしながら目的のバスをを見つけました。どうやってバスを見つけたのかと聞いたところ、チュー君のお母さんから運転手の番号を聞き、運転手に電話をして予約をし、出発する時間を聞いたとの事でした。運転手に直接連絡を取って予約をしたり当日に連絡を取り合うというのは、私たちにとって新鮮でした。


CIMG3733_convert_20120917022406.jpg


 よくバスを見てみると、NAM DINH, NGHIA HINGと行き先が書いてあります。行き先の紙からバスを見つけられるという意見もあると思いますが、ナムディンといってもかなり広いので、ナムディン行きの中でお目当てのバスを探し当てるのは難しいかもしれません。どうのようにバスシステムが成り立っているのかは未だに分からない部分が多いです。


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 乗車賃の3ドルを支払い、スーツケースをトランクに詰め込み乗車しました。この日はベトナムの独立記念日だったので、多くの人がバスに乗車して地元へ帰省していました。ベトナム人にとって重要な日であり、皆でお祝いをするとのことです。もちろんバスの乗車客は私たちを除いて、全員ベトナム人です。


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 荒い運転に揺られること約三時間で、目的のダオケイトォン村に着きました。無事に着いて一安心しました。これから10日間村に滞在します。

第三回現地調査②

こんにちは!
一足先に帰国した川原です。

今回諸事情により、加藤、竹久の二人より早く帰国しました。
私がベトナムに滞在したのは約10日間で、そのうち7日間は農村部に滞在しました。
田んぼ

今回のブログでは、私の感じたこと、考えたこと等を書きたいと思います。

私たちが滞在した、ダオケイトン村はメンバーの一人であるチュー君の生まれ故郷です。見渡す限り、田んぼが広がっており、静かでとてものどかな場所でした。キリスト教徒が多いようで、教会も4カ所程見かけました。

この村で最も活気のある場所は、市場だと思います。
村の方々の大半が、この市場で食材を仕入れているようです。時間帯によって、売買されている商品が違うのも面白いと感じました。

早朝3時頃、ノンラー(ベトナム伝統の笠)の売買が行なわれており、かなり激しいやり取りが行なわれていました。ノンラーの生産者は、集荷業者に対してもっと良い値段で売れるように交渉を行い、集荷業者はできるだけ安く買い取ろうとしているようでした。また、その傍らでは、ノンラーの材料を売っている人達もいて、かなりにぎわっており、中にはケンカになっている人もいました。
夜の市場


驚いたことに、こんなやり取りをやってる生産者、集荷業者、材料生産者全てが村の人々だということ。後で揉めたりしないのか、少し不安になりましたが、このやり取りには慣れているように見えました。

朝の8時頃には、野菜や衣料品が主に売買されているようでした。これらの野菜も村で生産された物から、中国で生産された物もあり、この村でも国境を越えた経済、流通の一部を垣間見ることができました。

このように、村での経済活動は市場を中心として行なわれていて、それは私たちの経済活動とほとんど変わらないものだと感じました。ただし、村の中では農業中心の一次産業が中心であり、二次産業、三次産業の割合が小さいようです。

経済に関して全く知識のないため、掘り下げて分析などできませんが、これを機に勉強したいと思いました。

川原

第三回現地調査①

前回調査振り返り~今回調査の目的、内容


 こんにちは、竹久です。ダオケイトォン村ではネット環境が悪くブログを更新をする事が出来なかったので、これから時系列に村で行った調査結果をアップしていこうと思います。


 今回の調査目的、内容を書く前に、前回調査の復習をしたいと思います。先ず私たちは村にて2回に亘りニーズアセスメントを行いました。具体的には、生活環境、インフラ整備、商業活動等の把握です。その中で私達が着目をしたのは、1つ目に多くの家庭で作っているノンラー(笠)、2つ目に緑豊かな農業です。この2つは村人の多くが収入の糧にしているものであり、この分野に取り組む事は大きなインパクトを与えられる可能性があると言えます。
 ただこの二つを同時に行い成果を残す事は、活動が出来る期間、持っているリソースでは容易ではないため、チームメンバーで話し合った結果、ノンラー作りに絞ると結論を出しました。


CIMG3758_convert_20120915211750.jpg


 では、私たちがノンラー作りに対してどのような事が出来るでしょうか。ノンラー作りの現状の問題点として、収益性が悪いことが挙げられます。売値が2ドル、原価が1.5ドルなので、1つのノンラー作りからの利益は0.5ドルです。また1つ作るのに4時間掛かり、1日に2つしか作れないため、彼らの1日の利益はわずか1ドルしかありません。この状況を打破するのが私たちのミッションです。


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 ノンラー作りによる収益の向上を達成するためには、主に3つの方法があります。原価コスト削減、生産性向上、販売価格向上です。ノンラーに対して全く明るくなかったため、先ず私たちはノンラーに関する基本的な情報(原材料、生産工程、販路)等について調べる事から始めました。調べている内に分かったことは、ハータイのチュオン村、フエのキムロン村、ユンダイ村、フーカム村がノンラー作りとして有名な事です。またメンバーのチュー君に作り方を教えてもらった結果、縫う部分に生産時間の多くが割かれることが分かりました。


 これらの背景から、今回の調査内容を3つに設定致しました
一つ目に、ノンラー(原料調達、生産、流通、販売)に関する全容の把握
二つ目に、フエ、チュオン村からノンラー技術、生産に関するノウハウの習得
三つ目に、村とのノンラー生産に関する協力体制構築、又は合意


 つまり、対象村においてノンラーに関わるステークホルダーから情報を集めること、また他の村の独特の技術や生産体制の違いを知ること、そして村の人だけで将来的に回せるように協力体制を作ることを今回の調査で目指します。

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