なむでぃんだより

東京工業大学国際開発サークルIDAcademyのベトナムプロジェクトチームのブログです。プロジェクトの最新情報やベトナム全般に関する情報からメンバーの近況や愚痴まで多彩な内容をお届けします。

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メンバーの成長

こんにちは!
本エントリーでは現地調査を通じて、メンバーがどう成長したか、また新たな発見について書いていきます。


川原

今回の調査を受けて、私自身に起きた変化や驚いた事について書きたいと思います。

まず、一番印象的だった事は、『現地に行かないと本当の事はわからない』という事でした。
ベトナムに旅立つ前に、私たちはインタビュー内容や調査方法、どこで、誰に、どんな話を聞くのかなど、私たちなりに入念に準備していきました。
特に、インタビューに関しては、ある程度自分たちで調べたことをもとに、仮説を立てて作りました。

しかし、いざ現地でインタビューをしてみると、その仮説が覆されたり、得ていた情報がすでに遠い過去のものになっていたりと、驚かされました。
特に驚かされたのは、ダオケイトン村で生産されたノンラーが中国に輸出されているということ。まさか使用目的で輸出されているとは、全く予想外でした。
また、生産、流通のほとんどを村の人がやっているという事も、非常に驚かされました。

仮説は仮説でしかないこと、情報は常に更新されていくことを身にしみて感じることができました。
このような場合でも、臨機応変に対応できる能力を身につけることが、今後の課題です。

写真は夜のダオケイトン村です。
R0014378.jpg

星も綺麗です。


竹久

今回は私にとって二回目の現地調査でした。特に今回はインタビュー調査が多かったので、そこでの学びが多かったと思います。具体的には

①インタビューにおける、通訳への目的の共有、Why?を使わない質問をすること
②日本人とベトナム人の違いを理解すること

について改めて、頭ではなく実体験を以って学びました。一つずつ説明していこうと思います。

①インタビューにおける、通訳への目的の共有、Why?を使わない質問をすること
 インタビューは全て通訳を介して行ったのですが、通訳の人に調査の意図を理解してもらう必要があります。この部分を怠っていると、自分の知らないところで通訳の人が勝手に解釈をしてしまい、話を変えて伝えてしまう可能性があります。質問の最中に、何でその事を聞くの?と言われてしまう事もありました。当たり前ですがここの部分の事前共有が大事です。
 
 また以前のエントリー途上国の人々の話し方に書いた、メタファシリテーションを実践してきました。インタビューをしているとどうしてもWhyの質問をしてしまいたくなるのですが、敢えて使わないことで事実に基づいた回答がもらえます。短所としては時間が掛かりすぎることでしょうか、だいたい1~2時間のインタビュー時間を要しました。それでも事実を基に仮説検証や仮説作りが出来るのは利点があります。その成果を実感できたのが今回の収穫であります。

②日本人とベトナム人の違いを理解すること
 今回一番感じたのは、日本人とベトナム人は考え方が全然違う事です。一般化は出来ませんが、ベトナム人は行動しながら考えるのに対し、日本人は計画をした上で行動していきます。なので、一緒に行動しているとフラストレーションが溜まる事がありました。例えば、行先はこっちだという事で着いていくと、違った場所だったという事が多々ありました。また、明らかに危ない交通道路を平気で自転車で通行したりと、日本人の感覚からすると有り得ないことがありました。遠慮せずにお互いに話し合う事が大事ですね。
 
 もう一つは具体的に言う事です。例えば、「どこでご飯を食べたい?」と聞かれて、「どこか美味しいところ」と言われても困ってしまいますよね。日本人は遠慮する事が多いのですが、ベトナム人はストレートに言うのを好むようにも感じます。この類の話はよく言われている事なのですが、長期で異国の人と一緒居る事で改めて感じました。

加藤

今回の調査は私にとって3回目の現地調査でした。「現地調査は3回行って初めて信頼される」と聞いたことがあります。そのせいかは分かりませんが、今回は前回よりもより多く現地の人と触れ合う機会があり、交流を図れたと思います。最近停滞気味ではありますが、勉強しているベトナム語も村の人とのコミュニケーションに使うことが出来ました。このように村の人との関係を強化できたのが一つの成長でした。

二つ目の成長はインタビューに関してです。竹久も書いていますが、今回の調査では、メタファシリテーションの考え方に基づいて、インタビューの中で"事実"を積み上げていくことに注力しました。この手法を実践した結果として、今までのインタビューよりも情報に具体性を持たせることが出来ました。さらに、今回は"世間話をするような感覚で自然にインタビューを行う"という自分なりの目標を立てて、特に、初対面の村の人の話を聞くときにはその点を意識しました。そして、インタビューに関して最も大きな成長を感じられたのが、"粘り"です。今までは、「あまり長く時間を取ってしまうのは申し訳ない」とか「しつこく聞いたら嫌がれるだろう」と思い、どこかモヤモヤした部分がありつつもインタビューを終えてしまうことが多くありましたが、今回は、しつこく事実を聞いていき、なるべく後で後悔しないようにと思って、粘り強く質問することを心掛けました。実践してみて、このやり方は功を奏したと感じました。やはり、粘り強く聞いていくうちに、予期せぬ情報を引き出すことができますし、何よりインタビュー後の情報の充実度が違います。前回まではよくあった不完全燃焼な感覚が、ゼロではないにしてもかなり改善されました。

また、"慣れ"と言ってしまえばそれまでですが、日本とは生活環境が大きく異なるダオケイトン村での生活を、今までよりも自分のペースを乱さずに、ストレス少なくこなせるようになったのも一つの成長だったと思っています。

第三回現地調査⑪(ハノイに戻って)

シンチャオ!加藤です。帰国から1か月が経とうとしていますが、ようやく、ついに、現地調査報告のブログを書き終えます。しかし、ブロガーさんって人達はようあんなサクサクと更新出来ますね、ほんと感心します。

さてさて、フエ省を離れ、我々は一路ハノイへと戻ったわけであります。フエからハノイもまた電車での長旅です。電車旅については以前のエントリーに少し書きました。ハノイに戻ってから、行ったのは主に次の3つです。駆け足で紹介していきます。

①ハノイの土産物市場の調査
ご存知の通り、ハノイはベトナムの首都なので、観光客も多く立ち寄ります。そのため、外国人観光客を相手にした土産物屋はハノイ市内で多く見かけることができます。ハノイ-ナムディン間は車で3~4時間の距離なので、もしナムディンで観光客をターゲットにしたノンラーを作るのであれば、ハノイは一大市場になると思い、まずは現在ノンラーがハノイでどのようにして売られているか、を調査しに行きました。調査した場所は、ハノイの旧市街のエリア(ホアンキエム湖の北)で、とくに外国人観光客相手のホテル、飲食店、土産物屋が多くあります。

調査した結果をまとめると以下のような感じです。
・ノンラーを専門的に扱っているお店というのは調査した限りでは無く、大体がシルク製品等のその他多くの土産物の中の一つとしてノンラーを扱っている。どの店でも比較的扱いは小さめ、控えめ。
・生産地はフエ省と近郊のチュオン村が多い。ドンスアン市場にあるお店では、フエ産よりチュオン産のものの方が高い(チュオン産のノンラーは基本的な作りはダオケイトンのものと一緒で装飾などは特に施されていない)。
・大小さまざまなサイズを扱っており、価格は安いもので20,000ドン、高いもので60,000ドンという感じ。60,000ドンのものは通常サイズのチュオン産のもの。

現状、ノンラーの土産物としての需要はあまり大きくないと感じました。一観光客目線になって考えてみると、ベトナムっぽさはあるものの、大きくてかさばるし、持ち帰って実用することはないだろうし、というふうになります。土産物としてもっと売っていくためには、製品自体に対する工夫が必要なのではないだろうかと思いました。


②チュオン村の視察
以前のエントリーでも少し触れましたが、ハノイ近郊旧ハータイ省にチュオン村というノンラー作りで有名な村があります。どのくらい有名かと言うと、ダオケイトン村のノンラー生産者は大体その名前を知っていて、フオンさんという女性はベトナムに関する日本語のニュース記事ベトナム政府のニュースサイトでも、"ノンラーを世界に輸出した女性"として紹介されています。
今回、チュオン村を訪問し、この女性にノンラーの需要等に関してヒアリングを行うと共に、ノンラーの生産・流通の状況について視察してきました。
まず、フオンさんという女性についてですが、現在は、中国、日本、韓国、台湾、ドイツ、マレーシアにノンラーを輸出しているそうです。やはり、ヘルメット着用の義務化などを背景にしたベトナム国内でのノンラーの需要の減少は切実に捉えているようでした。フオンさんは海外への輸出に活路を見出しており、近年は特に台湾への輸出が増えているそうです。また、ただノンラーをそのまま輸出するのではなく、相手国の要望に合わせて工夫をこらしているようで、例えば、日本向けのノンラーにはフィット性を高めるために、ノンラーの中に王冠のような形をした部品を付けています。フオンさんは、ノンラー生産者の収益を上げるにも、需要が高まることが必要だとおっしゃっていました。
生産者にも少しお話を伺いました。ノンラーの売値は50,000ドンとダオケイトンよりもやや高めでした。ただ、原価も高く15,000~20,000ドンとのことでした。完成品の作りはダオケイトンのものとほとんど同じで、違いとしては、ダオケイトンのノンラーの骨組みが14本であるのに対し、チュオンのそれは16本です。


③現地パートナーとの協力体制構築
我々の活動は、日本ベースで長期休みにフィールドトリップを行う、というスタイルで進めていくので、特にプロジェクトの本格実施段階においては現地パートナーがいることが重要です。ハノイ滞在時には、現地の大学生にパートナーとしての協力を求めるため、友人・知人を介して会って話をし、あるいはたまに町で偶然知り合った人にもプロジェクトについて話をしました。結果として、ハノイ在住の大学生を中心に6名から協力に対して積極的な返事を頂きました。限られた時間とつたない英語で、どこまでしっかりとプロジェクトについて意思を共有出来たかは分かりませんが、何とか距離のディスアドバンテージを超えて、コミュニケーションを取りチームとして上手く機能させることが出来るようにマネジメントしていけたらと思います。


以上、最後は物凄い駆け足になってしまいましたが、なんとか現地調査報告シリーズ、完。読んで頂いた方ありがとうございました。もし、ここがもっと知りたいなどあれば遠慮なくコメント残してください。ホントにコメント残るくらい読者がいる事を祈ってます。

もちろん、このブログは今後も続きますので、よろしくお願いします。
では




第三回現地調査⑩(フエ省のノンラー作りの村々 - part 2-)

シンチャオ!筋トレで背中のスジを痛めてしまい、若干動きがぎこちない加藤です。今後、ストレッチを入念にすることを心掛けます。

今回のエントリーでは、フエ省で訪れた残りの村々を一気にまとめてご紹介します。

①ミーラム村
この村は、前回のエントリーで述べたノンフエを守る組織が活動を行っている地域ということで紹介を受けました。村には約280世帯があり、その多くの家庭でノンラーを作っているそうですが、その中で組織に加盟しているのは35世帯とのことです。先ずは、組織に加盟していない女性にお話を聞きました。
この女性は63歳で、工場勤務をする娘2人と3人で暮らしています。この女性は基本的に朝から晩までノンラーを作っていますが、視力をはじめ体が衰え始めているので作業が遅く、生産量は1日に1から2個だそうです。売値は23,000ドンから25,000ドンで、一つあたりの原価コストが約7,000ドンとのことなので、ノンラーを1個作ることによる儲けは1ドル弱程度になります。この女性の作るノンラーは、ナムディンのものと違いフレームの数が16本で、葉はやや緑がかっていて、3層全て同じ葉で作られています。

次に、組織に加入している女性の家に行き、お話を伺いました。この女性は、約1年前に組織に加入し、昨年3か月間、講習会を受けたそうです。講習会は先述の組織主導で、村の名人を講師にし、ノンバイト―の作り方と葉の色をきれいにする方法を学ぶそうです。その講習会での技術向上により、ノンラーの買い取り価格が約30%上がったそうです。

②タイホー村
この村はアテンドをしてくれたHuongさんが事前に調べた時に名前が出てきていて、フエで聞き取りをしてるときにも何回か著名なノンラー生産地として名前が上がりました。
訪れて初めて知りましたが、この村では主にノンラケ―を作っています。ノンラケ―はノンラーの一種で、基本的に1層から成り、使用する葉も違います。聞き取りによると、過去にはノンバイト―なども作っていたそうです。ノンラケ―の売値は約20,000ドンで原価は約7,000ドンだそうです。

タイホー1
ノンラケ―を作る女性


タイホー2
ノンラケーの葉。大きくて固く、ツヤがある。



③ユンダイ村
以前のエントリーにもある通り、この村では家族単位ではなくノンラーを抱える工房のようなものが存在するらしい、という情報を得ていました。村に着き、ノンラーを作っていたある家庭にお邪魔しました。
この家庭では、ノンバイト―とノンラーサンを作っており、売値はそれぞれ30,000ドン(原価6,000ドン)、40,000ドン(原価5,000ドン)との事でした。どちらも1日の最大生産量は3つ(作業時間は約9時間)で、生産は、バイヤーから伝えられる需要に合わせて行っているようです。
工房について聞いたところ、農業が忙しくない5月から8月にかけて季節限定でやっているそうです。6から8人のグループをいくつか作り、それぞれが得意な作業を分担して担当し、生産効率を上げるそうです。また、その季節は日差しが強いのと観光客が多いことが理由で値段がそれぞれ10,000ドン程上乗せされるそうです。


ユンダイ1
お話を聞いた家の外観


ユンダイ2
少し湿らせた葉を手で開く




今回、紹介した村々はフエ市内からだいぶ離れており車で1時間程かかります。同じフエ省の中でもやはり暮らしぶりは市内と郊外ではだいぶ違い、これらの村々の周囲は田園風景という感じでした。ユンダイ村で訪れた家の外観を見れば分かるように、家は古びていて、やはりフエ市内の家庭よりも平均的に貧しいのだろうな、という印象を受けました。フエ市内に近い村では、ノンラー生産者の減少が著しい一方、ユンダイ村などでは今でも村の約8割くらいの家庭がノンラー作りをやっているそうです。この事実が物語っているのは、やはり職の少ない農村部、都市周縁部の人々にとっての貴重な収入源としてのノンラー作り、ということではないでしょうか。


第三回現地調査⑨(フーカム村の女性とノンラー保護の動き)

シンチャオ!加藤でございます。もう日本に帰国していますが、まだ調査内容をブログで追い切れていません・・・。あともう少し、もう少しですから、書かせてください、読んでください。

というわけで、

前回のエントリーでは、フエの初日の活動について書きました。今回は、ノンラー作りで有名と聞いていたフーカム村(前回のエントリーでも少し触れています)とそこで聞いたある組織の事について書きます。

日本で得た事前情報で、フーカム村にはノンラー作りを行っている人が多くいると聞いていました。また、キムロン村で聞き取りを行っていた際にも、何度もその名前を耳にし、さらにはアテンドをしてくれたHienさんらも事前に少し下調べを行ってくれていたようで、そこでもフーカムの名前を仕入れていました。これは間違いないということで、一路、フーカム村へと向かいました。

Hienさん達が、フーカム村にはノンラー作りの名人として有名な女性がいる、と言うので、その方を訪ねることにしました。レンタバイクで迷いながら走ること30分強、目的地のその女性の家にたどり着きました。女性の名前はThuyさんと言います。

Thuyさん
ノンバイト―を作るThuyさん


お会いして少し驚きました。というのも、日本にいる時にノンラーを調べていて、ある動画でThuyさんを拝見していたからです。写真からも分かりますが、彼女は右手が肘の辺りまでしかありません。しかし、口やあご、足を巧みに使いながら良質なノンラーを作るので、メディアにも取り上げられたことがあるようで、ベトナムでは少し有名なようです。

伺った話によると、Thuyさんは3種類のノンラー(ノンバイト―、ノンラケ、ノンチュン)を作るそうです。1日に2種類以上のノンラーを作るのではなく、例えば、「今日はノンバイト―を作る」と決めればその日はノンバイト―だけ作る、ということらしいです。最大生産量と平均販売価格は、それぞれ、ノンバイト―:2個、60,000ドン、ノンラケ:3個、50,000ドン、ノンチュン:3個、50,000ドンとの事でした。彼女の場合は、少し名前が売れてるせいか、たまに外国人観光客が直接家に買いに来るそうです。

そして、気になっていた「ノンラー作りをする人は減っているのか?」という点についても質問しました。お話によれば、かつてはフーカム村のほぼ全ての家(1000世帯近く)がノンラーを作っていたようです。それが、15年ほど前から徐々に下火になり、今では10世帯ほどを残すのみになってしまった、ということです。事前情報で知っていた木枠職人も、かつては3人ほどいたそうですが今は1人しかいないそうです。Thuyさんは、「フーカムのようにフエの中でもノンラーの生産地として有名な村でさえ、生産人口は減っている」とおっしゃっていました。人々がノンラー作りをやめていく理由としてやはり、時間がかかるわりに単価が低く儲からない、という点を挙げていました。ここで我々は当初あまり想定していなかった「ノンラー作りの伝統が継承されず、ノンラーが消えてしまうのではないか」という危惧を抱きました。やはり、Thuyさんはそういった危惧を以前から抱いていたようで、ノンラー職人らをあつめ、ノンラー作りを農村部の若者に教える活動をしていること、そして、ノンラー文化の保護を目的とした組織があるということ、を話してくれました。

より詳しいお話を聞くために、そのノンラー保護を行っている組織を突撃訪問しました。この組織は2009年に設立され、設立の主旨は、メイドインフエのノンラーをブランディング・差別化し、ノンラー生産者の生活向上を図るということだそうです。具体的な活動としては、観光客がノンラー作りを見学するツアーの企画、各種メディアでの広告活動、メイドインフエのノンラーに対し認証を付与、さらに、ノンラーをより美しく長く保存するためのオイルの開発なども行っているということです。この組織の形態について正確に理解できませんでしたが、政府機関とつながりを持っているようでした。


以上、今回のエントリーのポイントを簡潔にまとめると以下のようになります。
・フーカム村においても、ノンラー生産人口の減少は著しい。
・ノンラー作りをやめていく理由は収益性の悪さ。
・生産者は、ノンラーの伝統が失われてしまうという危惧を抱いている。
・フエでは、メイドインフエのノンラーを守っていくために組織的な活動が展開されている。

伝統(文化)の継承という側面には、今まであまり着目していませんでしたが、たしかにベトナムを象徴するアイテムの一つであるノンラーが作られなくなってしまうのは、ベトナム好きの一外国人としても寂しいなーと思って話を聞いていました。おそらく日本でもかつて同じように淘汰されてしまった手作り工芸品の文化があるのではないかと思います。今までと違った視点で、色々思いを巡らせた調査でした。





おまけ

またまたアテンドさんを紹介させて下さい。

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Huongさんです。Hanoi Open Universityで英語を学んでいます。前回、紹介したHienさんの友人で、Hienさんと一緒にフエでの調査に同行してくれました。とても親切で気遣いのできる女性です。現在、就活中らしく、我々と調査している間にも、夜にはCVを書いたりしていました。たしかその時は、韓国系の某電器メーカーにCVを送ると言っていたような・・・。

第三回現地調査⑧(フエ省のノンラー作りの村々)

 どーも!ナムディンからフエへの移動時に、実は電車内でグロッキー状態だった竹久です。幸いにもフエ到着と同時に体調は治りましたが、薬を投与しなければ危うく天国に行くところでした。ともあれ、前回の加藤のエントリーに書いたように、無事にフエに着いたのです。

 今回の調査におけるフエ訪問の目的は、「フエ省のノンラー作りから、ダオケイトン村でのノンラー作りの収益性向上に繋がるヒントを得る」という事です。こう思ったのは、フエ特産品紀行、ノンラーを作る職人たちという記事を読んだのがきっかけです。この記事から、フエでは観光用の装飾が施されたノンラー、ノンラー工房、多くの村でノンラーを作っている事が分かりました。そこで、ダオケイトン村と、生産工程、流通システム、販売システムの違いを知り、良いものを取り入れようと考えたのです。

ということで、今回のフエ滞在時に行く場所は

・キムロン村
刺繍職人達が住む村として有名。外側に美しい刺繍が施されたノンラー、ノンソアイニュン(Non Xoai Nhung)が特産品。

・ユンダイ村
フエ市の東方、市街地と海岸線との間に広がる田園地帯の中には、ノンラーで生計を立てている人々が住む集落、通称「ノンラーの郷」が点在している。特にノンラー作りをする人が多いことで有名。ここには家族単位ではなく、ノンラーを作る職人を抱える工房がある

・フーカム村
1975年から、フーカム地区でこの仕事をしているヴィン(Vien)さんは、フエだけでなく、北から南まで、ベトナム全土にノンラー用の木枠を出荷している

・ドンバ市場
フエ最大の市場

です。では、順を追って説明をしていきたいと思います。先ずフエ滞在一日目、ホテルに荷物を置き、早速キムロン村に行くことにしました。フエはフォン川を挟んで新市街と旧市街に分かれるのですが、キムロン村は王宮の西側の旧市街に位置します。新市街に位置するホテルから約5kmと少し距離はあったのですが、安さを求めレンタル自転車で行く事にしました(一日レンタで約100円??)

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 いざ、Let's GO!!ベトナム人のアテンド、Hienさん、Huongさんに、地元民に方角を聞いてもらいながら、目的地に向かいました。自転車を漕ぐこと30分、キムロン村周辺に着いても、一向にノンラーを作っている雰囲気は出てきません。地元民からは、「昔はノンラーを作っている人がいたが、今は作っている人はいない」という事が聞こえてきました。え、まさか消滅?の二文字が頭によぎりましたが、その後も多くの地元民に執拗に聞き取りを続けました。その結果、ノンラーを作っている家庭を一家庭見つけただけで、残念ながらノンラーを積極的に作っている村を見つける事は出来ませんでした。地元の人たちの話と、私たちが見たものを整理すると、昔はノンラー作りや刺繍職人が多くいたが、収入性が低いため現在はいないという事が分かりました。また地元民からのアドバイスとして、フーカム村ではまだノンラーを多く作っているから、そこに行くと良いと言われました。

 フエに来る前は、

「フエでのノンラー作りは観光用として高く売れるため、収入性が良い」


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と仮説を立てていたのですが、早くもその仮説は違うという事が分かった訳です。と同時に、ノンラー作りとして有名なフエが衰退しているという事は、数年後にはノンラー作りはベトナムから消えてしまうのではないかとも感じました。

 以上の事から、フエのノンラー作りは上手くいっていないと結論することは出来ないが、フエでノンラーが上手くいっていない原因は何か?という事にも重点を置きながらインタビューをする事にしました。そのために、新たな仮説を立てました(これから仮説を検証していきます)。
仮説①:フエは観光地であるため、農村部よりも他の仕事を見つけやすい
仮説②:他の村も同様にノンラーの作り手は減っている
仮説③:フーカム村では何か特別な生産工程、流通システム、販路があり、収益を上げている
仮説④:観光用のノンラーの需要は依然としてある
仮説⑤:フエでは基本的に観光用のノンラーを作っている

 今日はこれでインタビューは終わりかなと思っていたところ、HienさんとHuongさんが、旧市街側にノンラーを作っている村があるという情報を手に入れたという事で、急遽その村へ行く事にしました。その村は新市街から旧市街へ続く、チャンティエン橋を渡りそのまま大きな道をまっすぐ行き、横道に入ったところにあります。

 村に着いてからは先ほど同様に、村人に聞き込みをし、ノンラー作りをしている家庭に見つけました。インタビューの趣旨を簡単に説明し、上記の仮説検証を行うために質問をしました。ここで分かったことは

・昔は多くの人がこの村で作っていたが、現在は村でノンラーを作っているのはこの家庭だけであるという事
・ノンラーを作っている事を他の人に知られたくない
・子供にはノンラーを作って欲しくない、勉強を頑張ってほしい
・ノンラーの需要は減っている、昔はバイクに乗るときに使えたが、交通ルールにより禁止された
・作っているノンラーは、ノンソアン、ノンバイト
・ダオケイトン村とのノンラーの作りの違いは枠組みの数が違う
・販路は、ドンバ市場、タイ

です。という事で、先ほどの仮説は
仮説①:フエは観光地であるため、農村部よりも他の仕事を見つけやすい
→正しい可能性が高いが、他の人が今何の仕事をしているかは不明

仮説②:他の村も同様にノンラーの作り手は減っている
→正しい可能性が高い

仮説⑤:基本的に観光用のノンラーを作っている
→場所による

という風に進化したわけです。まだ完全にフエのノンラーは衰退しているとは結論付けられないですが、この結果を踏まえ、フーカム村、ユンダイ村を調査をしていきます。



おまけ

今回のアテンドの一人を紹介致します。Hienさんです、Vietnam Trade Union Universityで英語とビジネスを勉強する21才です。

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前回の調査のハノイ滞在時に、日本食屋さんで知り合いました。お店の中で話していて楽しかったので、一緒に飲まないかと誘ったのです。それ以来連絡を取るようになり、今回の調査のアテンドを引き受けてくれました。

非常に明るく、元気いっぱいで、私達年寄りには付いて行けない程パワフルです。前述のエントリーで加藤も述べていましたが、こういった人と人の繋がりが出来たり、広がったりするという事が調査のまた面白いとこでもあります。

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